Hayuki’s diary

人との関わりにくさ、生きにくさや闇を抱え、ACODの自覚があります。猫好き札幌人「はゆき」と申します。

休まらない休み。



<2016年7月18日(月祝)writing>



前回の日記に書いた、先日の所長からの電話以降、今後のお仕事のこと、作業場の存続の不安でずしんと重たく過ごし、間もなく一週間振りに新しい作業が開始することへのずっしりな憂鬱とで、働きたいのか働きたくないのかどっちだよと自分につっこむ一週間のお休みでした。



はっきり解るのは、休めば休むだけ、仕事に行くのが鬱になる。

かと言って仕事が生きがいだとか、ワーカホリックにもなる程でもない。



9-17勤務で日祝休みで、土曜は状況次第。土曜はやっても15時半まで。

作業がある時は見事な理想的勤務時間。



でも、働き始めた2年前は、時間も期間も、こんなに長く働けるのかと不安でした。

最初は今ほど作業も多くなく、月半分くらいしかなかったので、徐々に、ゆっくりペースでここ最近のびっちり勤務に慣れて来られたなと思います。



お給料も10万をちょこっとだけ超えるようになって、そろそろ格安でもスマホ持ってみようかなとか、安くても医療・入院保険に入った方がいいかなとか、考え始めた頃でしたが…それどころか、またふりだしか、それ以下になりやしないかと陰鬱です。



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20代の頃から、ずうっと叶えたかったコンタクト。

今更だけどこの休み期間中、やっと叶えはしたけれど…お金と手間と、目への負担がこんなにかかるのかと…ハッキリ見える喜びよりも、そちらの方がもやもや。

2weekにしましたが、初めて触ったレンズ。



レンズと言うより厚手のビニールみたい。

今まで裸眼0.1生活でしたので、世の中こんなに汚れていたのかとショック。

自分の肌もこんなに汚かったのか…。

メガネの処方せんも作ったので、新しいメガネもそのうち作って、うまく使い分けていこう。



コンタクトにして、ライブに行くのを、楽しみにしていたのにな。





実際外出すると、やっぱり見えて助かるし、まずは、せっかく叶えたコンタクトなので、うまく付き合えると良いです。



一週間休んでも、仕事で痛めた指の関節は治らなかったな。





ひとりごと、失礼致しました。

読んで下さった方、申し訳ありません。ありがとうございました。


今までと、これから。



<2016年7月15日(金)writing>



自分日記となります。



今のお仕事と出会って、もうすぐ2年が過ぎます。

とは言っても、継続してある仕事ではなかったので、勤務日数だけを土日を休みとしてぎゅっと詰めて数えてみると、たぶん1年半くらい。



それでも季節を二周りして、働く事ができた。



最初、勤務地は自宅から結構離れており、通勤に2時間はかかりました。

でも、2週間くらいの短期だし…と覚悟して働く事にしました。



何とか、2週間を何とか働き終えて、次回ももし声が掛かれば働いてみたくなりましたが、その通勤面での迷いが足踏みをさせていたところで急遽、かばんひとつ持って、家を飛び出る事になりました。



逃げ込んだ親戚のお家は、その職場と同じ区内で、偶然にもバス1本で行けることを知り、不思議なこともあるものだなと感じました。



居候生活が始まった中、ずっとお家に居るのもいたたまれず、気持ちも紛れるかと思い、再び働くことになりました。



そして2年。

引っ越しもして、慣れない土地と生活と共に、2年。



きっと2年前に、不安だったり苦しく辛かったことが、今解消されているものもあるし、2年前にはなかった問題や苦悩が、今はあるのだと思う。



時間が解決してくれることもあったけれど、それ以上に「一刻一刻」という感じを受けます。



全ては仕事内容と人間関係に尽きる事を絶えず痛感する日々で、またその影響を全力で受け止めてしまう自分自身にも、疲労困憊することがあります。



相手の態度に腹が立ったり、自己嫌悪で潰されそうになったり、泣きながら帰った日も1日2日では済まない。

もう限界かなと、辞める事を考えながら、涙ぐみながら作業をしたのは数ヶ月前のこと。



一方で、定着メンバーとの関わりに楽しさや幸せを感じることもありました。

前工程を終えたこの前も、5人でファミレス行った。

楽しかった。

幸せだった。



その都度、あの頃の工程と配置とメンバーだったから続けられたと思うこともあるし、何だかうまく自分のいいように回って、今日まで働けた面もあるように感じる。



本音、萎縮する苦手なベテランさんが次々と辞めていったことも大きかったし、今はすっかり自分たちが長いメンバーだから、気楽さもある(同時に責任は重くて日々顔面神経痛だけど…)。



仕事は仲良し会じゃないし、「生活があるから」「働かないと生きていかれない」という言葉も耳にします。

私はまだ、その言葉の本当のところを実感していないとも思う。

親との生活でもあるから。



お給料はガマン料でもあるし、苦しいことが大半。わかってる。

でも…でも…。

やっぱり、働いていく中で、笑ったり、楽しい瞬間が欲しい。

仕事だからと割り切って、余計な関わりや馴れ合いをしない事も、方法かも知れない。

でも…。



1日の殆どが職場に居ることになるのだから、常識とマナーは持って、仲良し会、主婦会じゃなくて、金魚のフンじゃなくて。やることやった上で。その上で、ちょっとは仲間と笑いたい。

そんなこと言っている場合でもないのも、わかってる…。でも…。



1日中こもって独りで過ごす時以上に、自分の苦しい生き癖やパターンがより明瞭化してくる事で、ますます手詰まりするような気分にもなります。

やっぱり人となんて関わるものじゃない。もうずっと独りで居たいと思う時もあるし、でも、人の中に居る事で受ける幸せと、働ける幸せに代え難さも覚え、もっと人との出会いが広がればいいなと願う事もありました。



そんな2年でした。



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出張中の所長から、ベロンベロンで電話がかかってきた先日。

時折、説明会や会議である出張が済むと連絡をくれて、今後の予定をいち早く知らせてくれていました。

心配だろうからと。



でもこんなベロンベロンでかかってきた事はなかったので、うっとおしさと同時に胸騒ぎ。



私たちが仕事で関わっているモノが、今年いっぱいでなくなる方向だとニュースで知ってから、内心穏やかでなはなかったけれど、私たち含め全国に何千人と関わっている人たちが居て、お金もいっぱい動いていて、それをゼロにすることはないだろうと、形を変えて継続する方向で考えている様子だからと、それを聞いて安心していました。



でも今回の会議でも、上層部から未だに今後の話がないんだと。

11月〜未定。



所長は、独身の私(ともう1人)の事が心配で、こんな事は言いにくいのだけど、別の道を行く事も考えて、そうなっても咎めないからとの話でした。



全く無くなる訳ではない可能性もゼロではないが、不透明なことは確か。

でも所長の様子を察するに、楽観ばかりもできないような気がする。



でも本当は、はゆきさんにも居て欲しい、みんなも居て欲しいと。みんなほんと頑張ってるって。

結局、ベロベロ所長と2時間以上電話をしていたのだけど。

私も今の仕事と仲間と別れたくないし、いつもうざくて腹立つ苛つく所長から、ベロベロなのもあり、「本当にありがとう」と何度も言われ、私は終始泣きながら携帯を握っていました。



働けたことに対しての想いが強くて、そして何より今の職場は自分に合っていたし、完璧ではないけれど理想的だったために、今後の不安も強くなるばかりです。

どうなるのかな。

来週から次の作業は始まりますが。

今年は重たい夏になってしまいました。



これから状況、気持ち、どう色形変わって行くかわかりませんが、吐き出していきます。

ここまで長々と読んで頂いて申し訳なく思います。

ありがとうございました。


夏至なのだけど。



<2016年6月21日(火)writing>



ここずうっと、すっきりさっぱり晴れる日が少なくて、どんよりな札幌の空です。

冬のブーツを長靴代わり。



しみるはしみるけど。



そして、どんよりに負けないくらい非常に厄介な強風。

ごうごうびゅうびゅうごうごうびゅうびゅう何なのよもう、毎日毎日。





6月はずっと毎日、少し残業だったけれど、昨日今日は13時に終了。明日お休み。

昨日はヒトカラ、今日はサツエキ。



神奈川の文通友達に送るおやつを買ったのと、





大好きサーティワンを食べに行きました。





でも何だか気分は浮かず。

そんなときもあるのでしょう。



サツエキで、コロコロをひいた関西風言葉のお兄さんが外に出た時、「あ、涼しいな」と言ったのが聞こえて、驚いてしまいました。

今日は暑いと思っていた私。



暑い地域で日々頑張っているそんなお兄さんのような方々に、少しでも札幌の心地良い初夏を味わってもらいたいと思ったものでした。

どうも蝦夷梅雨気味ですが…。



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とある日のヒトカラ

はゆき夢のリサイタル~欠席した者はぶんなぐる~

基本的曲目(一例)

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※歌い切っているとは限らず

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偏ってますなあ。

音楽全般には疎いのです。

あなたのお好きな曲はありましたでしょうか(^^;)



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最後に、5月の末に見に行ったライラックたち。







見た目はもちろん、香水にも使われるだけあるその香りにも、うっとり癒されました。





7月はもうちょっと夏らしくなるのかな。



代わり映えのしない日記でしたが、最後まで読んで下さって、どうもありがとうございました。


ゴールデンウイーク2016。



<2016年5月5日(木)writing>



3月は8休、4月は6休だったんだ。



すごい。

嬉しい。



風向き、風当たり共に、決して良いとは言えないけれど、仕事自体がある事と同じくらい影響のある、人間環境のお陰もまた、大きいです。



でも5月はお仕事、少し少ない。

GWもいっちょ前に5連休。

いっちょ前にそんなにいらないよ…と思っていたものの、いざ休むと、いっちょ前におでかけもできて、それもそれでいっちょ前に幸せでした。



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1日は、母と北海道神宮へ行きました。



ここ数年、神宮に来ると涙がこみ上げてくる時があります。









でもやっぱり人がいっぱいでした。



ジンギスカンや焼肉の煙でもうもう。桜かわいそう。

また時期をずらして、空いている時に1人でゆっくりご挨拶に行こう。

特別な信仰はないけれど、時々行くカトリック教会にも行きたい。



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2日は、職場の方とノースサファリサッポロにちらっと。





あんな猛獣や、



こんな猛獣も。おおう。





そしてやっぱり巻き付かれたい。





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3日は梅と桜を見に岩見沢・三笠へ。

札幌より少し遅いのか、あまり咲いていませんでした。





道の駅みかさにある、車内販売の焼き鳥がとても美味しくて、これも目的のひとつでした。



『四季の味 くいしんぼう』さん。

30人くらい並んでいて、10本20本単位で買う人も多く、1時間ほど並びました。





鶏肉と玉ねぎがごろんごろん。



これで1本120円です(2016年5月現在)。



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そして4日は近所のリサイクルショップで適当な3着を買い、



今日、5日は近所の桜を見つつ、100円ショップとスーパー。



100円ショップで、おばあちゃんに「おくさん、唐突に失礼しますが…」と声を掛けられました。

紅をさす筆が欲しいのだけど、横文字ばかりで探せない…と困っていたようで、1個だけあったリップブラシを見つけました。

デイサービスに行く時、唇の色が悪いものだから…と口紅も選びました。



泣きそうな顔でありがとうありがとうと言ってもらえ、ついさっきまで子供に苛ついて眉間にシワを寄せていた私は、恥ずかしい気持ちになりました。

人に優しくなりたい。



そしていつものパン屋さんに久しぶりに行くと、5月をもって閉店の貼り紙が…。

店主さんが、市内のカフェに行かれることになったと話してくれたのですが、この焼きたてでパキパキ音がする贅沢でおいしいパンを手軽に食べられなくなるのが…悲しい。

常連さんも多かったみたいですし、私も、楽しみだったのになぁ…悲しい。

パンの美味しさを教えてもらったパン屋さん。

閉店まで何度行けるかわからないけれど、大切にいただこう。



そんなGW。どんなだよ。

そして明日お仕事。がんばろう。



私事日記、最後まで読んで下さって、どうもありがとうございました。


春はくる。



<2016年4月20日(水)writing>



相変わらず更新も怠っていましたが、しばらくお仕事も続いてあったお陰で、幸せな慢性疲労の最中です。



今の住まいで初めての冬を越え、引っ越して1年が経ちました。





一時期ずいぶんと、心身具合がどうにも苦しかったので、ハーブティやヒーリングCDを試したりもしました。



このCDとてもよかった。

広い草原で自然をたっぷり感じているような…時々寝る時に聞いています。

※営利目的ではございません。

自律神経にやさしい音楽

自律神経にやさしい音楽





2月にはおじちゃん家で、初の真冬焼き肉大会に呼んでいただいたりもしました。







かばんひとつで実家から逃げた時、身を寄せていたお家です。



命を助けてもらった親戚です。



焼き肉会も、冬だから2時間くらいでお片付けしましたが、〆にはきのこ汁までご馳走になり、お腹も心もいっぱいになりました。







1日の仕事を終えて、コンビニで買ったコーヒーを飲みながら、バス停まで歩く。

17時もすっかり明るくなって、夕日がきれい。



仕事を終えて帰って、夕日に照らされた今のお家を見上げる。



今のこの幸せ、失ってたまるか。

今のこの幸せ、失ってたまるか。



何度も呟く。



やっと逃げてこれた。

やっと手に入れた平安。



もう巻き込まれるのはたくさんだ。





最後になりましたが、地震の為九州各地で被災されている方々が、どうか一刻も早く、平穏に復しますよう、お祈り申し上げます。





最後まで読んで下さいまして、どうもありがとうございました。


ストローク。



<2016年2月3日(水)writing>





雪だるまさん達の活発な季節。



2015年後半からびっちりとお仕事が続いてくれていて、毎日疲れてはいても、幸せな日々でした。

でも、2月真ん中で一旦落ち着きそう。

そして3月は空いてしまうのだけど、何とか…別の仕分け仕事などが何とかありそうで、本当に胸をなでおろしているところです。

声をかけてもらえる、所長には感謝…。



新しい生活になって10ヶ月、そして今は冬という季節柄を言い訳に、お仕事以外では出歩く事も少なくなってきました。



日祝休みで連休もないことも多いので、近所のパン屋さんとコンビニくらい。

でもこれはこれでいい。

びっちりお仕事があった方が生活経済、それに何より精神面にとって有り難いもの。

今日1日どんなニュースがあったのかも、さして知らずに過ごせるような、そんな仕事の毎日の方がずっといい。



1日ぼーっとして過ごすだけで、すっかり顔も体も心もむくみ、鬱々悶々とした引きこもりの自分に戻ってしまいます。

本当に、恐ろしいです。

不安は消えません。



働いているほうが、ずっといい。

ずっと、ずうっと、びっちりあればいいのに。

この先を思うと、やっぱり同じ仕事が継続してあることが、一番なのだけど…。



お仕事帰りは決まってコンビニでホットコーヒーを買うのですが、かわいいお若い店員さんが、こんにちはと言ってくれるようになった。



笑顔が素敵で愛想もよくて、大変なお仕事なのに、本当に素敵です。



他にも、私がレジ前に歩み寄ると、ホットコーヒーのカップに手を伸ばしてスタンバイするようになった店員さんも。

「今日は(サイズ)どっちですか?」「あ、今日は大きいのにします」なんて会話だけで成り立ったり。



帰り道に同じコンビニがいくつかあっても、最終的には店員さんやお店の雰囲気で足が向くものだなと思います。



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それから近所の小さなパン屋さん。

店主さんがとても物腰柔らかで素敵。

こんにちはと挨拶してくれるようになり、今日は寒いですね4月に引っ越してきたんです、などなど、ちょこちょこ言葉を交わすようにもなりました。



パンも美味しくて、すっかりお気に入り。

店主さんが既婚者なのがちょっと残念だけど(おい)



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時折ヒトカラで行く近所のカラオケ屋さんも、以前仕事が早く終わってしまい、午後にふらっと立ち寄ったことがありました。

時間的に不安で、「(1人だけど)空いてますかね…」と会員カードを差し出すと、そのカードを見ることなくいつもの店員のお兄さん、

「あ、いつも2階の…ええっと、ライブダムでしたよね」

と顔パスな始末。



そこまで頻繁に行ってないはずだぞ。

ちょっと恥ずかしかったけれど、新しい町で、あちこちのお店で、些細でも自分の存在を認識してもらえることは、引きこもっていた時には経験のなかったことでした。



むずかゆくて、はずかしくて、あったかくて、うれしい。



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先週のお仕事帰り道では、町内会の雪あかりを見ることができました。

町内会のおばちゃんたちが、お鍋でコトコトさせた、あったかい甘酒をふるまってくれました。



「おつかれさまー。はい、甘酒ね。ホットカルピスと、ココアも向こうにあるからね」

お仕事帰りに飲めた甘酒は、甘くて、ショウガが効いていて、おいしかった。



ちょっとした範囲の、小さなものでしたけど、いいものだなと思いました。





新しい町で、またひとつ季節を感じたところです。



最後までお相手していただきまして、どうもあろがとうございました。


2015年ありがとう。



<2015年12月31日(木)writing>



有り難いことに、12月はほとんどがお仕事で、30日までひーこらしていました。



やっと今日はお部屋の片付けとお掃除をしましたが、4月に引っ越してまだ8ヶ月なのに、お掃除のしがいがありました(ぐったり)。



今年は生きていけるのかと、不安の中で始まった2015年でした。



居候生活を経て、引っ越しをして、名字も変えた今年。

苦しいこと、辛くて重たくて、不安でたまらないこともたくさんありました。

でも、何気ない日常が、こんなにも幸せなのかと、心身いっぱいに感じることもできました。



一文字で例えるなら「生」。

生まれ変わり、生きている。

そんな思いです。



そしてまた、こちらに来て下さるあなたの生きた言葉にも支えられ、救われて、今日まで過ごせました。



更新も少ないけれど、コメント有無に関わらず、覗きに来てくれるあなた、本当にどうもありがとう。



今年もまた、些細でも、年越しらしい事ができていればいいと頭をよぎる人が居ます。



どうか穏やかな年越しを。

そして2016年も宜しくお願い致します。





2015.12.31 はゆき